舟運が復活した琵琶湖疎水(京都府・滋賀県)

 明治のはじめに京都で実施された一大国家事業である琵琶湖疎水。その目的は工業や農業での水利用、防火用水、水力発電など多様でしたが、舟運もまた重要な役割を果たしました。第一疏水は1885(明治18)年に起工し、1890(明治23)年に開通式が行われましたが、これにより、翌1891年から京都・大津間の舟運、さらに1894年には大阪・大津間の舟運が可能となりました。
 利用がピークを迎えた大正時代には1日150隻もの船が行き来したということです。しかし、疏水を利用した舟運も、陸上交通の発達に伴い、1951(昭和26)年を最後にその姿を消しました。近年、この舟運の復活を求める声が地元で高まり、2017(平成29)年に琵琶湖疏水沿線魅力創造協議会が発足、2018年春から本格的な舟運の復活が行われました。
 この琵琶湖疎水には4つのトンネルがありますが、トンネルの入り口にはそれぞれ扁額が掲げられています。写真の第1トンネルの扁額は伊藤博文の筆により「気象万千」とあります。

投稿日時 2018-08-10 23:39:58

投稿:木村達司(国土文化研究所)

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